重版出来

TBS火曜22時からの「重版出来」を毎週楽しみに見ていますが、週を追うごとに視聴率が低下しているというのに驚いています。ちょっと教訓臭をかいで避けられているのでしょうか。

往時の全盛漫画家が零落し、それでも眼が覚めない状態とか、天才にうちのめされる同僚の悲劇とか、どれも類型だといえば、そうだし、そんなわかりきった話などいまさら見たくないよといわれればその通りかもしれない。

わたしは黒木華の演技がセリフ以外の表情とかで伝える技量にうなるほうなので、話が類型的でも演技力で十分おもしろいと思っています。

類型的ドラマでないドラマをさがすほうが難しいと思っているので、視聴率が低いのはそれが理由ではないんでしょうね。

 

石原吉郎とヴィクトール・フランクル

石原吉郎ヴィクトール・フランクルを論じたい。
 両者ともに強制収容所という耐えがたい状況を生き抜いたという共通点がある。しかし、フランクルは希望を語り、石原吉郎は絶望を語るという対比的特徴がある。それが両者を論じようという動機となっている。もちろんフランクルの希望とは絶望をくぐってのものであり、その点では石原吉郎にも「あるペシミストの勇気」と題したエッセイでやはり絶望をくぐっての希望を語るものがある。
 両者の強調点が片方はより希望であり、他方がより絶望を語るという点に興味をひかれるのである。
 フランクルがロゴセラピーという体験を下敷きにした心理療法を提唱するに至り、石原吉郎が詩という自己表現に至ったというのがそれに何か関係があるかどうか。
 両者を比較する視点として「正義」を取り上げることにしたい。そこではアマルティア・センの論議を参考にしたい。
 センの見解を取り入れるのは、石原吉郎の論に私が強くひきつけられてしまうからである。平衡感覚を保つためにセンという社会科学者の論に軸足を置いておきたいのである。
 石原吉郎フランクルの視点はセンの視点とは交わるもののない、次元の異なるものかもしれないのである。だからここで三者を無理に同一の土俵に上げなくともよいと考えている。あくまでも偏向した見解をとらない用心なのである。したがって途中でセンには退場願うかもしれない。

いづみ語録 女優は生きることそのものを露出している

彼ら(=男優)は自分の仕事としてそれ(=芝居)をやっているが、女優は生きることそのもの、を露出している。女優にとっての演技は虚構ではなく、生きることそのもの、といってもいい。よく演技的な女といわれるひとがいるが、世の男どもにそんなふうに呼ばれる程度では、縁起でもなんでもない。単にすてきなうそがつけるひと、でしかないのだ。

鈴木いづみ「女優的エゴ」より

鈴木いづみを知っていますか

いま鈴木いづみに興味を持って調べている。調べているといっても彼女に関した本を探して読んでいるだけだが。

まず彼女は作家だったわけだが、36歳のときに自殺した。それも一人娘の前で。その時娘はまだ小さかったようだが、普通の神経ではそんなことはしない。

 うつ状態だったのだろうか。うつで判断も鈍っていたならそういうことも仕方ないかなと思う。

 ただ目の前で親に死なれた子はどんな人生を送るのだろうかと、娘のほうに関心が移る。

 その娘鈴木あづさが母親のアンソロジーを作っていると知ってまた驚いた。わたしの想像だとそういう親には拒否感があってたとえ作家だとわかっていても書いたものも見るのもいやだとなるんじゃないかと思っていたので、これが意外。

 娘が作った本は「いづみ語録」文遊社で出ている。文遊社はいづみが死んだ後、追悼文集みたいなものも作っている。編集者でいづみを買っていた人がいるのだろうか。

 鈴木いづみは1949年静岡県伊東市で生まれ、高卒後伊東市役所勤務。1年足らずで退職上京、早い時期から小説を書いていたようですが、ピンク映画女優をしながらも小説は書き続きけ、69年「小説現代小説賞」の候補作品に選ばれました。その後寺山修司主宰の劇団「天井桟敷」に参加。その特異なキャラクターで一躍時の人となりました。アルトサックス奏者阿部薫は小柄で無口の同い年の青年でしたが、その演奏は情熱的で有名でした。また癲癇の持病があって、演奏中に昏倒することもたびたびあったようでした。鈴木は彼の才能に惚れ結婚、一女をもうけますが離婚。同棲中に足の第5指を包丁で愛の証として自ら切断というスキャンダラスな事件を引き起こしたりしました。彼らは互いに惹かれあうと同時に傷つけ合い、ボクサー志望だった阿部は時には激しい暴力を鈴木にぶつけたようです。鈴木の顔にあざが残り、前歯が欠損したのがその証拠です。しかし、阿部薫は29歳で薬物中毒で死去。いづみは86年、自ら命を断ちました。

己の顔を点検せよ

 人には闘争本能があると言われています。そのため何かに挑まずにはおれないのだと。そういうことができなくなるというのは生存意欲が減退しているのだと。
 もしそうであるとすれば、人は「自己」に挑むべきです。
 汝自身を知れというのは古代ギリシア以来の難題です。いままで人類はこの難問に挑み、はじき返されてきました。闘争本能を抑えられないのであれば、ぜひこの難問に挑んでください。
●己の顔を点検せよ
 顔というのはわたしには不思議です。親や祖先の誰にも似ていない人というのはいないでしょう。両親の不思議な塩梅がその造作に顕われているというのは寺田寅彦が電車で見かけた親子を見ての評です。彼が感嘆するほど、自分の顔を仔細に見ると両方の親の片鱗がしのばれてきます。これは年をとっていくほどに現れてきます。中年を過ぎると誰もが鏡の向こうに父なり母なりを見出して驚く時を迎えるでしょう。
 顔の中でも目は心の窓といわれているくらい心を映すと言われています。なぜ視覚器官にすぎない目がこころを反映させるのかわたしにはわかりませんが、確かに目を見ているとこちらを疑っているとかさげすんでいる、尊敬している、信頼している、すがっているなどが感じられるでしょう。人相学が古今東西で発達してきたのも効果があるからでしょう。人相学に過度に頼るのは、危険だと思いますが、自分自身の顔を仔細に点検するのは、ある程度こころの状態を点検することになるとわたしも思います。
 そこで毎日手鏡を覗いて主に目の周辺を見ることをお勧めします。人相学で言えば、眉根の辺りとか頬、唇などもその人の人格を反映しているということですが、わたしにはその根拠は理解できないので、わたしは目の周辺の点検だけをお勧めします。これはわたし自身長年の習慣にしていることで、確かに点検する意味があると思えるからです。
 目を見て、意欲が減退していないか、変にうわずっていないか、邪さが出ていないか、卑しさがないかといったことを主に目を見て判断しているのです。こんな程度ですからちょっと見るだけで済みます。

親が死ねばほっとする

ロシアの文豪ツルゲーネフの作品に「父と子」というのがある。一人ツルゲーネフだけじゃない、日本にもまた他の国でも古来今日に至るまで親と子の葛藤は根深い。
エディプスコンプレックスというのはフロイトギリシア神話から抽出してきた概念だ。
親でも父の場合と母の場合では違った反応がある。父は子を指導したり叱ったりする立場で母は子を庇護する立場だ。だから父と子は対立することはあっても母と対立する場合は少ない。
今回はしかしまた別の面から親を見たいと思う。
わたしは自分で本を買うがまた図書館でもよく借りるほうだ。最近の図書館では本ばかりでなく視聴覚資料といってCDやDVDもそろっている。ある時安部公房の講演をカセットテープで借りた。今調べてみるとどうやら「小説の発想」というテープだったようだ。主に「箱男」のアイデア周辺を語ったものだ。
聞いた時安部公房がずいぶんいい声をしてるなということに意外な気がした。なにか作家らしくないのだ。これはこちらのイメージ通りでないというだけのことであるが、へぇーという感じで聞き始めた。
それですぐにブラックジャックという人を殴る凶器の話をし始めたのには仰天した。話し方もなにかやくざが自分の道具をしゃべるようなごく普通のものを解説しているような風だったのでまた驚いた。
そのうち作家というのは、こういうものにこういう感覚で接することができないとだめなんだと思いまた作家というものに対する認識を改めさせる気がした。
そうこうしているうちにどういう展開か親について話が及んだ。
親というものに脅したり殴ったりするという話になり、唐突に親が死ぬと子はほっとするもんだということをしばらく繰り返した。これにはぎょっとさせられた。
▼父が死んだ時
わたしの父はペースメーカーを入れて1年後に脳内出血が因で亡くなった。
最後の二週間くらいは集中治療室に入っていた。
最期の時の記憶は、ベッドで父に心臓マッサージをしていた医師が臨終を告げた時だ。
母が「南無阿弥陀仏」と念仏を唱え、子が唱和する。
南無阿弥陀仏」と唱えた時ぐいと引かれるように頭が下がった。これを当時念仏の力だと感じた。同時に気持ちが楽になった。
その時いままで意識することなく意識していた父という存在、自分の状態を報告せざるを得ない存在としての父がいなくなってしまった喪失感。もう言うことができないという思いと同時にもう言わなくてすむ、自分はこうなったよと傍から無言の監視をしていた父がいなくなったという安堵感。
安部のいう「ホッとする」という感じのいわれを言ってみれば、こういうことだったのではないか。これからは自分を支えていたものがなくなり、自分一人で立っていくという感じ、同時に確かにほっとしている自分。これは何に由来する感情だろうという疑問。
それを安部がさも当然の真理のように指摘した。もし親が死ぬ前だったら別にそれほどの感がいなく聞き飛ばしていたろうと思う。